鳥公園 「ながい宴」

えげつないほどの「よい仕事」がいっぱい。


 「えだみつ演劇フェスティバル」の流れなのだが、いつもと違う場所であるようだ。
というわけでJRではなく、高速バスいとうづ号で七条のバス停に降り立つ。
演劇を始めた時に起こっていたもろもろごとを少し思い出して不思議な感情になっていたら
いつの間にか人が集まり、連れ立ってあるお屋敷へと歩いて向かう。

 ・・・なんなんすか、いったい。
ちょうどお昼時でうまく空腹を満たし切れていないところにええ匂いが。
ふと目をやるとそこにはお鍋がふつふつと煮えているではないか。
その廻りには美味しそうな料理が並んでいる。
けれど、お鍋のコンロ、ものすごい火の勢いだよ、この塩梅だと焦げてしまうではないか。
そんなことを気にしつつ、耳を傾けると聞こえるは本当の「生活音」。

 ふつふつ、ふつふつ、と煮えている鍋、整然と並んでいる食器たち、
食べられるのを待つ料理たち、あとは演者とともに酒、もしくは飯がやってきたら
物語がおっぱじまりそうだが、知らない空間で、はじめて過ごす時間、
しかもなにも起こらないことをやり過ごす、ということがものすごく緊張するとはなぁ。
 
 その緊張感を打ち破るように、栄枯盛衰というものの「導入部」が
最初の数分間にぎっちり詰まっている見せ方がすごい。
においや風の出入り、さらには木々や鳥の音によって物語自体が生きている。

 誰も見向きもしない「負」を「正」に変えて、結果、一財産作って立派にはなった。
けれど、「心」より「お金」を選択してしまったら人間というものは崩れてしまいがち。
この「崩れ」が家内面の「崩れ」となって、すこしずつつながりが切れてしまう。
そうならないようにいつもいつもお掃除をして、手入れをしているのだが。

 この崩れを見るのが嫌だから、と言うか自分たちが作り上げてきたものが
少しずつ壊れてしまうさまを見てしまうのが嫌だから男は外ばかり見て
「嵐」をやり過ごそうとしている。
女は男のそういった様を見るのが我慢ならない。
てか、「弱さを許すことのできない弱さ」に腹を立てている、ともいう。  

 こういった心のゆらぎや流れ、そして物語が生きているから
複数の時代が複線で並んでいて、さらには複数の生活がこれまた複線で並んでいる。
この複数、複線加減を目線の他に場所をこまめに変えていく「回遊性」と言う工夫を使い、
ある家族の親、子、孫の物語を通じて人生の「浮き、沈む」様がよく表現できている。

 さらには、タブーというものがいたるところに絡みついていて、
身動き取れないけれど、なにがどう絡まっているかわからない。
恵まれているからこその問題、そして修羅場を見せてもらった。
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テーマ : 演劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

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