生前葬 「笑って!タナトスくん」

「生き急ぎ感」というやつがところどころに満ちている。



 「20代」というものはみんなどこかで「生き急いでいる」、自分もかつてそうだった。
20代のうちに何かを成し遂げて、30代では成し遂げたことを軌道に乗せて、
40代では・・・とかそんなことを考え、思っていたが現実は甘くなかった。

 自分は20代、そう考えれば考えるほど泥沼にハマり、心と体を壊して30代に突入、
30代の入り口で「演劇」というものに出会い、その場所で悪戦苦闘して
なんとか居場所が見つかって、ちょうどいい塩梅になったらもう40だよ。
・・・いったい、どうなるんでしょうね。

 そんなことを考えながら天をふと見やれば星々が光り、
板の上には今日の出演者の「写真」と言うか「遺影」が飾られている。
・・・いくら「演出」とはいえ、生きている人間を死んでいる、というのは
大変つらい、と言うか、ものすごい「喪失感」を感じてしまう。

 1時間40分で男と女が生まれて、生きて、と言うお話をものすごくえげつなく、
しかも圧倒的に赤ちゃんの頃からキレキレのダンスとムーブマイムでぶちかましている。
マルチ商法に引っかかる、もしくは引っ掛けるお話が出てきたり、
芸術と才能の不思議な関係から、果ては縄文人と弥生人の違い、
ドメスティック・バイオレンスのお話やら、いわゆる「レミング」のお話まで多種多彩。


 しかも、ひとつひとつの情報量が半端なく、
見手に伝えるための圧力とスピード感まで半端ない。
半端無いから、「行き詰まり感」というカオス、その先の「幼児戻り」まで行き着いて、
気がつけば、「現実」と「非現実」の境界線ぎりぎりのところまで私を連れて行く。

 ・・・これがお客さんと演者の「薄皮一枚」の境界線の問題、というものだったのか。
いや、バナ学のこととか、INDEPENDENTのことで、「お客さんと演者の境界線」を
あってないようなものにしている危険性が、と言う話を多々聞いていて、
もしかしたら、この演目でもあえてなのか、何なのか、よくわからないが
「薄皮一枚」に見手には見えない「穴」か「切れ目」を入れて、
そこから何かをするのかな、と思った。
実際はそんなことをすることは全く無く、「薄皮一枚」を最前の客席一列分だけ
あるタイミングで、圧力かけて前に押し出した、そんな感じだ。


 若者の発想力を使って「死ぬ」ことから「生きる」ことを見てみたら、
なんか、世の中にいる「ある特定の人種」というものは「死」というものを
美化して、ひとつの「ショー」として見せやがる。
と言うことはこいつら、「生」と「死」の狭間を自由自在に動かして遊んでやがる。
自分たちは「生」と「死」というものに対してある程度の線引きをする文化に生きている、というのに。

 あとに残るは、たくさんの「同情できる」と「同情できない」という
感情の矛盾ががぐるぐると脳みそを巡ってやがる。
さらには、自分自身の女性の好みが「濃ゆい」美人だったことを
にかいどーとーこを見て思い知らされる。
・・・スタイルいいし、「身体言語」の「アタリ」もドストライク。
気がつけば、(以下略。
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ジャンル : 学問・文化・芸術

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