rawworks 「素敵じゃないか」

わたしたちには「未知」なるものがあまりにも多すぎる。


 「コタツのある部屋」から真っすぐ歩いて通町筋、
上通りのアーケードを通って、ハコ近くのセブンイレブンで
資料のコピーを取り、時間がありすぎるので休憩コーナーでコーヒーを飲む。
もう時間的にいいかな、とハコに向かって、たどり着くと
「もう少し後になってきてね、近くに本屋もあるよ」と
言われたのでおとなしく向かう。
本屋に行くと、時間を忘れてしまいそうで、大変だ。
気がつくと、もうすぐ始まる、慌てて来た道を戻る。

 この演目は、数年前枝光アイアンシアターで
オリジナルを見たことがあって、その時の空間のつくりが
全体を白い布でおおったふんわりとした空間だった。

 今回はガラッと変化させて、見方によっては
モンゴルのゲルというテントにも見えるし、あづまや、
もしくは「ソフトな鳥カゴ」、さらには学校の校庭にあった
「遠心力」を楽しむあの遊具、さらには「5月祭り」の
メイポールダンスの御柱にも見えてしまう空間のつくりだ。

 ものすごくおしゃれなんだけれど、演じ手にとっては
相当フィジカルを要求される「甘くない」空間になっている。
事実、ムーブマイムも空間のつくりに即している。

 えだみつでオリジナルを見た時は「ことば」と「からだ」の両方を
丁寧に、丁寧に「響かせていく」ように仕向けているから
物語の「春夏秋冬」の空気感をすごく感じることができた。
ここに「子供ができる、できない」の状況が現実的に絡んで
子供ってなんなんだろう?家族ってなんなんだろう?
ということをくっきり、はっきりと考えてしまった。

 今回は演者ふたりが半端ない「身体言語」を持っているし、
演出のみきてぃが「身体言語」を引っ張りだす技と術の
引き出しの数が半端ないほど多い。
この半端無さが掛け合わさって、オリジナル版では
「言葉」で「処理」していた部分までも「からだ」で喋っている。
「からだ」で喋っているからかもしれないが、
「春夏秋冬」の空気感、というものが不思議に感じられなかった。

 けれども、今回は季節感、というものを通り越して
「からだ」という「宇宙」を感じてしまった。
この「からだ」という「宇宙」の一つ一つがそれぞれ関係し合い、
影響しあう、ということが「生きている」というのかもしれない。
そんなことを考え、思わせる作りにまで仕上がっている。

 さらには「生きている」ということの全てには
「因果」というわたしのあずかリ知らないところが
絡んで、影響を及ぼしている、というところまでも
きっちり見せてしまっているところが正直、切なかった。

 こういうところをきっちり見せてしまうと世の中のあらゆることに
「自業自得」と言う言葉を安易に使う、ということが
実はものすごく恥ずかしいことではないだろうか、
そんなことを考えてしまうくらいにじみ出てくる「たましい」が
美しい、これこそが本当の「美しさ」なのだろう。

 こう言った「綺麗」ではない「美しい」に触れてしまうと
本来のテーマである「家族ってなに」やら「子供を授かるってなに」という
ことがどうでもいいや、そんなことはどうすることもできなくて
そうなったら、そうなった時にできることをすればいいのでは、と
思ったら、あらゆることが「解放」されたようだ。

解放されて、テンション上がり過ぎ、コーヒーの飲み過ぎで
帰り道、気持ちが悪くなって吐いてしまったのは内緒だ。

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テーマ : 演劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

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