UNIT恋愛体質 「FAKE」

「厳しさ」は「醜さ」の裏返し、なのかもしれない。


 世の中にはびこっている「こうであるべき」というものを
意図的、というか、なんというかぶっ壊しているなと。

 表演空間すらも客席と正対して、という定石を飛び越えて
客席と斜め、という「位置」というものから何かを
込めているのではないだろうかと考えてしまう作りになっている。

 それにしても、客席にはやけに目立つ若いのが多い。
そういう目立ちすぎる、それも悪い意味で目立つ若いのが
自己顕示という剣呑な空気をまとって目の前にいると、
どうも気持ちが悪い、更に視線を遮られると
演劇を見る前から「しんどさ」というものがボディ・ブローのように
ジワジワ来るのです。

 この時、エリック・カントナはどのような強さで話し始め、
どんな息の使い方、しゃべるスピード、更にはどう振る舞うのだろうか?

 そんなことを考えているともう本編だ。

 本編は、柿喰う客の文脈でサスペンスドラマをやり、
そこにアキバ系のヲタ芸と変態でグリム童話を混ぜ込んでいる。

 こういうふうに「昔話」というものを見せつけられると
わたしたちに近い所でそうそう「大事件」という「非日常」は起こらない。
けれども、わたしたちの心と体は「大事件」という「非日常」を
奥底で望んでいるのではなかろうか、と考えてしまう。

 「捜査」という「お仕事」にかこつけて「デート」ですか。
大変お気楽極楽ですなぁ。

 そういうことは置いといて、こういう目線で「グリム童話」を見てしまうと、
理由はどうであれ、かなりひどいお話だな、と感じてしまう。
「童話」というか、「物語」というものは大抵の場合「めでたし、めでたし」で
終わってしまいがちだが、そうして終わってしまったとしても、
物語でも、現実でも、「その続き」は存在している。
その続きが「めでたし、めでたし」から来る「幸せ」というものを
「こじらせた」トラウマ、というものに化けて、非常に気持ち悪い。

 この「気持ち悪さ」を何とかしたいがゆえに「めでたし、めでたし」というものを
「悪意のこもった変態」というものを使って「抹殺」しようとしたのかもしれない。

 悪意のこもっている変態ほど質の悪いものはないけれど。
それを使わないと不都合なことが何かあるのだろう。
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テーマ : 演劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

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