演劇集団非常口 「四畳半の翅音」

 「呼ばれる」、ということ。

 物語自体も、そしてこの物語にたどり着くことまでもが
果てしない道のりを経て来てしまった。

 本当は博多から新水俣まで新幹線で行って、そこからバスに乗ったほうが良かった。
けれども、このルートを考えれば、考えるほどわたしの心はざわざわする。
言葉に出来ない不思議な感覚とはこのことなのか。

 というわけで、高速バスのフリーパスを買い、別府に寄って一度中途半端に
ネジを緩め、博多に戻って14+を見学し、その足で熊本に向かい、通町筋の
ネットカフェでまんじりとしない一夜を過ごし、ご飯を食べて熊本から新水俣まで新幹線、
それからバスで伊佐に向かう。

 ・・・なんか、この戯曲が実演に向かう道のりもそんな感じだ。
そういえば、島田佳代、という書き手を知ったのは九州戯曲賞だった。
この「四畳半の翅音」の一つ前の戯曲が優秀賞に残り、「この人だれ」状態で
FPAPの人がこういう人ですよ、と「しまだのあたま」持ってきて、
読んでいるとちょうどいいタイミングで鹿児島演劇見本市の案内が。
こうしてわたしは鹿児島演劇と非常口を知ることとなったわけで。

 始めて見本市で非常口を見たときは、「生きる」という感覚がミシミシと
音を立てるってこういうことなのか、なんてことを考えるくらいに
戯曲の精度がものすごかった。
演者のクオリティは長期的に見てみよう、という方針とともに。
で、その次の年、この戯曲で九州戯曲賞をとったことを
鳥栖対愛媛FCの試合前、ベストアメニティスタジアム上層スタンドで知る。

このことを知った時の第一声が「早く実演で見たいぞ」と。
戯曲賞の特典でまどかぴあ、九州・福岡のメンツでリーディング公演するのは
わかっている、問題は、いつ、どこで実演するの、やるとしたら今でしょ。
今でしょ、と言えるくらいに多くのことが練られて、いいタイミングになってきた。


 福岡と鹿児島市内でリーディング公演を見た時は「広い空間」なのか、
それとも「狭い空間」なのか、自分が「文字から空間を起こす能力」の無さ加減が
ひどくてよく把握できなかったけれど、こうして、実演という形で空間を立ち上げると
物凄くシンプルで、さらにぎっちりしている表演空間だった。
さらには、ここにたどり着くまでの道のりが物語の土台となる「特別隔離地域」に
向かう様子を彷彿とさせる塩梅で、恐ろしいくらい濃密になっている。

 リーディング公演では、どうしても字面や言葉で
物語の背骨や背景を「見て」しまいがちになるのだな。
というか、そうでしか見えてこない、ともいう。

 故に物語を追えば追うほど、口蹄疫、鳥インフルエンザ、ハンセン病、水俣病、
福島第一原発の放射能、東日本大震災、広島、長崎の原子力爆弾、太平洋戦争、
満州国・朝鮮・台湾・中南米移民、白虎隊、さらには穢多と非人という
私達の奥底にある「仄暗い差別」というものが一直線上に繋がって、
人間、というものは私達とは違うものや事、あるいは人に対して拒絶しやすい、
拒絶すればするほど人は人でなくなる、ということがじわじわと来た。

 これが実演という形で「命」や「魂」が入ってくると、
「差別」というものは過去にも、現実にも存在しているし、
未来永劫なくなることはないだろう。
人は基本的に「変わる」ことが難しいという理由で。
その事自体に対して良し悪しをあーだこーだ言うのは無益。
人は変わることができなくても、それなりに生きている。

 この事実を感じれば感じるほど東日本大震災でうんざりするくらい唱えられた
「絆」という言葉が紙よりも軽く、薄っぺらい言葉に聞こえてしまう。
そんな言葉では論じることのできない、「繋がり」と「縁」に「呼ばれる」様が
凄く出てきていて、この様子が重厚感のある人間関係として見えてきた。

 これ、昔読んだニック・ホーンビィの「マラボゥストーク」の狂気感だよ。
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ジャンル : 学問・文化・芸術

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