極東退屈道場 「サブウェイ」

「都市生活者」や「電車通勤者」の日常と憂鬱。

 仕事が終わって、演劇に入る前に時間を埋めることが苦手だ。
故にその場所に早く来すぎて色々と面倒なことになっていたらしい。
そういうことが話題に登って慌てる、慌てる。

 最近は中洲の場外車券場が昔玉屋百貨店のあったところにできて、
ナイター競輪をそれとなく眺めたり、時々お金を賭けたりして
その合間に演劇の文章を書いたり、データを纏めたり、
そういうことができるくらいの設備ができて何より。

 こうして時間を埋めてあじびホールに向かい、中に入る。
空間の作り方がすごい。
ミソは天井に2本、平行に這わせている白いロープ。
線路の幅と見立てればホームの下から「覗き見る」ように、
それぞれの白いロープを架線と見立てると運転手の眺め、
時々光の塩梅が車掌の眺め、といろいろな視点を開演前から見せてくれる。

 劇団きららのような「身体言語」、それでいて精度と密度がすごいもので
月曜日から土曜日の地下鉄とその近辺で起きている出来事を表現している。
ここに、大阪の地下鉄路線図と、さらに駅の名前とそこにあるランドマーク、
さらには他路線の乗り換え塩梅、というわたしの持つ記憶と重なると
物語が加速度的に膨らんでいく。

 基本方針は「天地創造」の物語。
月曜日から金曜日、土曜日、日曜日、そして新しい月曜日。
それぞれの曜日にそれぞれの「生活」という物語が存在していて、
物語同士が「キーワード」でつながっていて、リレーしていく。
「月曜日の殺気」から「火曜日の蔦屋」、「水曜日のアメドラDVD]、
「木曜日の自転車」、「金曜日のぱど」、「土曜日の吉川英治」
「日曜日の北島三郎」というように毎日違う「創造」という物語が出てきて、
そこにスパイスとして森田芳光監督の「家族ゲーム」という映画が効いてくる。

 「生きている」ということは楽しい事なんてほどんどなく、
厄介で、理不尽で、糞みたいな面倒事ばかりで嫌になる。
ちょうど、地下鉄のホーム、白線ギリギリを歩き続けていて、
気を抜いたら走ってくる電車にはねられる、そのほうが楽かもしれない。

 もしくは、厄介で、理不尽で、糞みたいな面倒事を
引き受けない立場になるためにわたしを消して「忠実な軍人」になる
という選択肢も見方によってはものすごく楽になるのかもしれない。

 しかし、わたしを消して、「忠実な軍人」になることは
なにか、「軸」というものを失うことにつながるのではないだろうか?

 わたしたちが生きている「天地」と「物語」の創造者は第三者じゃない、
わたしであり、あなたである、ということをファシズムのプロパガンダ映画の
撮影を通して見せている、という隠し味がすごく効いている。。

 わたしが日常を生きる様子と、こういった身体言語を重ねて見て、
「わたしはひとりじゃない」という感覚がふと沸き起こる。
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テーマ : 演劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

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