最強の一人芝居フェスティバル 九州版「INDEPENDENT:FUK 13」

「あたらしい何かを生み出す魔法の箱」。

 この試みを始めて見たのは、おーたさんが挑戦した時だった。
興行のやり方も、それぞれの演目のクオリティも少しづつ「進化」している。
例えば見手を「物語」の世界に入れていくスピードが
昔は九州で10秒、大阪で5秒、東京で3秒。
それがいまではどこも5秒から3秒の間で
「入れる」ことができるようになった。
このこと以外にもあらゆることがじわじわと変化している。
「変化」を作っているのはこの試みなのかもしれない。


[A block]
「武家屋敷顛末奇譚~なまけもの五平」
出演:青山郁彦サイト×脚本・演出:白濱隆次(謎のモダン館)

 民放テレビから「新作時代劇」というものがジャニーズによる「必殺仕事人」と
あと数本、それも一年に一本出来ればいい、という時代になった。
適切な技術や所作を教え、伝えることができなくなりつつある。
こんな状況を鑑みて、誰かが言った、「時代劇は死んだ」と。

 けれども、この演目を見て感じた。
「時代劇はまだまだ生きている」と。
濃ゆい、とにかく濃ゆい、時代劇の持つ各要素と技術や所作が。
今や、こういったジャンルはテレビで見るよりもこういった旅芝居、というか
大衆演劇場に行って見たほうが結構クオリティ高いぞ、という発見。

 いろんな場所、いろんな客と「格闘」してきた末に掴んだ、
身につけた「身体言語」というものがこんなにすごいとは。
ここに白濱さんのこれまた濃ゆいことばが重なって
「新しい時代劇」とはこういうものじゃないのかな、という提示ができている。

 この「新しい時代劇」で「適切なときに適切なことを行う」ということが
いかに大変で、それでもやらなければいけない。
もし、「適切なときに適切なことを行う」ことが出来なければ
身の回りのすべてを失ってしまう、失ってそのことに
気がついたとしても、それはなまくらと同じ。

夢や希望を失うことがこんなに辛く、きつい。

 がだ、そのことを「復讐」という形で埋めようとしても
当事者はいずれ死ぬ、だとしたら別の方法が
あっただろうに、と感じてしまう見後感。

「ヴァニシングポイント」
出演:椎木樹人(万能グローブガラパゴスダイナモス)×
脚本・演出:竹内元一(サンピリ)×原作:奥山貴宏

 「鬼気迫る」とは、こういうことを言うのか。
とにかくほとばしっている、「生きる」と「死ぬ」という正反対の二つが。
あるエッジィなライターが志半ばでがんに倒れて、その病と戦い、
受け入れていく中で、わだかまりのあった友との意外な形での和解、
これらの一つ一つがアーヴィン・ウェルシュのような
恐ろしいくらいハードな文体で迫ってくる。

 けれども、流れを一つ一つ追っていくと「がん」というものは
いったいぜんたい何なんだろう、とふと考えてしまうような出来。
なんか、じわじわと「がん」というものは体中の毒を集めて、処理する
「生理的行動」であって、ああいうふうに酒だ、ドラッグだ、
なんだかんだやっていたらタバコ吸っていなくてもそうなってしまう。

 そこにうまく気がついて、自分と向きあえば、と
「自然の摂理」系の方はおっしゃるのですが、うーん。
「向き合い方」というのも人それぞれなのかなぁ。
結果、寿命が長いか、短いかだけでは何もわからないよな。
「人はそれぞれ、そうなるようにしかならない」訳で。

 この演目が終わったのち、色々話す。
いや、まあ、自分の父も今、こんな状況で洒落にならねぇや。
8月の頭からまた入院だよ、てなことを話して家に帰ると、
抗がん剤やら、痛み止めの毒が脳みそに回って、
野多目のがんセンターから近所の大きな病院に転院して、
集中治療室に運ばれた、意識などはしっかりしているけれど。

 ・・・このお話とまま、おんなじ状況じゃねぇか!!

「初恋、奔る」
出演:イトウエリ(手のひらに星)×脚本・演出:勝山修平(彗星マジック)

 今の状況、この国はものすごく先がない、
だから才ある若者はとっととこの国に見切りをつけて外国へ向かえ、
時代はグローバルだ、とか言ってるけれど、おいおい、と思う。

 一人の女が、一人の男を好きになる、ということで
「命がけ」ということを学び、本当に命をかけて「生きていく」お話。
ここに、野球や、インド、パキスタン、アフガニスタンという
「危険地帯」を体験するお話や、生死の狭間を「生き延びる」お話、
生き延びて次につなげていくお話に触れることで
いろいろな世界や社会が混ざってくる。

 グローバル、なんていうことを言う前に、まずは足元だろ、
足元を「恋愛」ということでも固めておけば、
こういう「日本脱出」のやり方もありだぜ、と教えてくれる見後感。

[B block]
「2」
出演:冨川優(不思議少年)×脚本・演出:大迫旭洋(不思議少年)

 「性少数者」あるいはLGBTという言葉が小さな声ではなく、
大きな声で語られるようになったのはツイッターやフェイスブックのおかげかも。
ディズニーランドの結婚式にまつわる話とか、新婚さんいらっしゃいという番組に
男子同姓愛「夫婦」が登場したり、そんな流れの中でこのお話は生まれたのだろう。

 「男が男に恋をする」ということをこんなに生々しく表現できるとは。
アダルトビデオの世界のように「装飾されていない」、
単純に「好きな相手は同性でした」とすんなり語られたら「参りました」というしかない。
特に異性に惚れられて一緒に住むことになったが、違和感を感じて、という所では
「自分の彼女」というものに対していろいろな事を考え、彼女の思いを改めて知った。

・・・「ちゃんとする」って一体何なんだろう、
    自分、「ちゃんと」できているのかな。

 ここから「紅を引く」ムーブでスィッチを入れて同性愛の現実がほとばしる。

 このほとばしりを見ながらほそかわたかよしという
ある男子同姓愛者のことを考え、「どうして男子同性愛」というものを
選んでしまったのか、いろいろなことや背後にある事情を考える。

 生育期に何らかのトラブルとストレスを意図せずに抱え込んで
結果、精神的に不安定なものを抱え込んでしまったから
この不安定なものとの均衡を取るための行動の一つなのか?
しかし、同性愛というものはある一定以上の「階層」からしか存在しない。
ある程度金持っていて、肉体を使う労働よりも頭脳を使う労働に多く見られるよな。
フレディ・マーキュリーの初期なんか魔夜峰央の描く美少年にヒゲ生やした感じだし。

 あと、こういうふうに苛立ちや背景を素直に出してくれたら
「挑発的な物言い」なんてしなくても済むだろうに。
そして、LGBTに対して嫌悪感や憎悪の念を抱かずに済むのに。

「悲しまない人」
出演:富田文子(劇団ぎゃ。)×脚本・演出:中村雪絵(劇団ぎゃ。)

 「歌謡劇」というジャンルを確立したな。
今回の歌謡曲は「飾りじゃないのよ涙は」(中森明菜)。
この名曲を演者の持つ身体言語でうまく表現した。

 人生の中で起こる「良きこと」と「悪しきこと」が代わる代わる
やってくる様がなんとも言えない。

 才能をうまく生かせない、才能をうまく生かせたとしても
「良き事、魔多し」で道を絶たれて、普通に働いて、道を外れて、
結婚して、子供産んで、育てて、また働いて、アーティストになって、
別れて、また働いて、人生を終わる間際にすべての根源と出逢い、
一区切りつける、という流れ。

 「悲しまない」ではなく、「悲しみをぐっとこらえている」。

「悲しまない」というのならば、生きている上ですべての感情を排して
無機質に生きる、ということであり、ここには「人生の浮き沈み」なんて存在しない。

 そっちのほうがたくさんの「良きこと」と「名」と「銭」を手にできるのだが。

 けれども、「悲しみをぐっとこらえている」から
「人生の浮き沈み」というものが生まれ、
そうなることで実人生は何も得ることが出来なかったかもしれない。
がだ、こっちのほうがえらく色とりどりの人生を送れているじゃねーか。

 それでいいのだ。
演劇大学で羊屋白玉女史と組んで以来、ぎゃ。は
コンテンポラリーダンスのトレーニングを取り入れているのか、
はたまた演者が元々コンテンポラリーダンスをしていたのか、というくらい
からだがさばけている、という発見。

「悪徳商人レヴォリューション」
出演:浅田武雄(O.Z.E@大阪)×脚本・演出:青木道弘(ArtistUnitイカスケ)

 こういう「視点」で「時代劇」を取り入れた、というか
「時代劇」を現代の視点で「翻訳」したらこんな風になるのか。

 時代劇の敵役「悪徳商人」を現代でいうところの「ブラック企業」としてみたら
今、現実に起こっているすべてが腑に落ちた、というか。

 結局、好きでこんな汚いことやっているわけじゃないんだ。
最初はまっとうに仕事をしていたとしても、「与えてばかり」だから
なかなか自分のところに「残らない」、そうなるとだんだん嫌になる。
嫌になると良心、というものが破壊されて「まっとうでない」ものに
しがみつき始める、そうすると「もらう」ばかりで「与えよう」としなくなるから
だんだんと自分のところに「残る」ようになる。

 「残る」ようになればなるほど「欲」が増えてきて
いろいろな手が使えるようになる。
さらにどんどん色んな物が手に入る。
手に入れば入るほど失ってしまう、ということが恐怖に感じるようになり、
更に危ない世界に手を染める、そして成敗される。

 こういうふうに角度を変えてみてみると、世の中で起こっているすべてが
実は大きな「間違い」の上に成立しているのだなぁ、と感じてしまう。

 「商売」ってなんなんだろう?
「勝ち負け」ってなんなんだろう、「働く」ってなんなんだろう?
そんな「本質」をわかっていないからありとあらゆることが「嘘」に思えてしまう。
その本質を知るに私たちは、もう手遅れなのか。


 今年は「どっちみち、人は死ぬのだ」という前提があって、
その前提で「私達はどう生きる」、という視点でたくさんの「生きる」を見た。
これらの「生きる」を見て、感じて、どう生きていくか、ということを
それぞれが考えることができるように仕向けられている。

 あなたにとってそのやり方、考え方が「有用」だったとしても、
わたしにとってそのやり方、考え方が「有用」だとは限らない。
「本当のこと」がわかったとしても、そのことが良いこととは限らない。

 答え、目的は各々がすでに持っていて、このことだけは尊重しなければいけない。
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テーマ : 演劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

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