iaku 「人の気も知らないで」

「責任」とはなんぞや?

 心が折れるくらいの大雨をすり抜け、日田から福岡空港、
桃だから早めに着いて、チェックインと保安検査をしなければ
飛行機に乗ることができない、ゆえに博多阪急で飯を買うことも
保安検査前のレストランでめしを食うことも諦め、時間を削るように
たどり着いたはいいものの、「到着遅れのため30分延び」だとよ。

 保安検査を抜けたところの売店、第一ターミナルにはいいものがなく、
蒸しパンと水で何とかお腹の空き具合をごまかすが、待つのは長い。

 ようやらやっと飛行機に乗ることが出来て、外国人機長の
へんてこりんなノリにやられつつ、安定飛行から乱気流に巻き込まれ、
安定飛行に戻るも、もうすぐ着陸態勢に入る僅かな隙間に
よく温めたかつサンドをサーブする桃の客室乗務員に感心しながら
かつサンドを食べるともう関空。

 クタクタのだしがらになってラピートのレギュラーシートに
身体を預けるとなんば、それから地下鉄で梅田。
今回は通路の選択がよく、ストレスなく東通り近くにたどり着き、
宿に入る、風呂に入り、タイガースを見ながら飲んで、書いていると気を失う。

 気がつくともう朝だった。
また体をほぐし、温まって、飯を食い、宿を出てハコを探す。
探しきったら、大きいほうが出てきてさあ大変。
トイレのできる場所を探して、ある喫茶店に入り、出してから
コーヒー飲みつつまた書いている。
場所に慣れてなんぼか話をするとこれまた面白い。
この面白さを抱えながらハコに戻り、かさはらさんと
「四畳半の翅音」を大阪でやれたら面白い、というパスを出していると
もうお席への案内時間だ。

 それにしても色々と「凝った」表演空間だ。
「オシャレなカフェ」で起こりそうな、
あるいは起こっている「出来事」を
そのまま「演劇」にして、そのままの場所で見せる趣。
・・・福岡で言うたらソネス系のアレか。

 客層も老若男女程よく混ざっているし、いい空気が満ちている。
それにしてもお昼時、リアルに料理をつくる匂いがするとなぁ。
気持よくなってとろとろと眠りそうになる、開演前なのに。

 逃げ場がなくなって、演者が普通の生活感抱えて入ってくると
いつの間にか物語に吸い込まれる。

 シティリビングとか、ぱどとかの
ああいう「広告」を作っているところで
働いている女の人三人が結婚式の余興について、
打ち合わせを始めるところから物語は始まる。

物語の流れを感じれば感じるほど、
ある意味戦慄感、ライトに言えば「サブイボ立った」。

 ひとつひとつの「失う」という作用がドミノ倒しになって襲い掛かるさまが
「欠けること」や「失うこと」は心が痛むくらいかなりやばいことなのだな。
そして、わたしがひどく疲れていた頃「右足を失う感覚」の夢をよく見ていた、
その夢はなんというか、「根こそぎ持っていかれる」、そんな感じだった。
そういったものが脳みそに残っているから「そこにいない」女の子が
お花見の帰り、飲んだくれて自転車に乗って事故に巻き込まれて
右手を「根こそぎ」持っていかれることが脳みその中でリアルに蘇る。

 そうやって根こそぎ持って行かれて、
体の一部を「欠けて」、あるいは「失って」しまっても
わたしは生きていかなくちゃいけない。
他者が「縋る」ことを許してくれるのであれば縋りたい。
まあ、「ありがとう」の思いだったのかもしれない。

 そういう「人の気も知らない」で「責任」というものを論じてしまうと
「責を任ずる(シェアする?)」ではなく、ヘタすると
「他人を責める」事になってやいないかい。
シェアする「責任」だったらそれはそれでいいのだが、
いろんな問題もあるだろうて。

 そういう咬み合わない議論をするときに、
乳がんでおっぱい取っちゃった、という話をさらりとやられたら
「一度でも体の一部を欠いてしまえばあらゆる喪失の出来事は些細なこと」
としてシビアになってしまうのかなぁ。
恋人を失ったり、そばにいる人が突然いなくなったり、
仕事の休みがなくなって働き詰めになったり、
そんなことどうでもいい、になってしまうのか。

 うーん、女の子はかなり過酷な人生を生きているのかも。

 戯曲と、演出、そして演者の技量という
「三位一体」の密度と精度が際立って良い。
故に、ものすごく引き寄せられる物語だった。

 それにしても、雷と大雨の音があまりにもリアルで、
これから四国直島に向かうというのに、心配だ。
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