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万能グローブガラパゴスダイナモス「ハダシの足音」@福岡

このお話はわたしにとって、「現在進行形」でもあり、「過去進行形」でもある。

 誰かのために「譲る」ということは、とても、とても、心と身体に来る。
先行販売でチケットを買ってから、いま現在いる環境の「動物園」ぶりがひどくて、
強いて言うなら「動物たち」が自らの「動物性」を自覚していない、それなのに
「動物性」を押し通すことを「人間」と勘違いしているさまを見てしんどくなった。

 そのしんどさが、とうとう逃げられないところにまで来て、今いる場所から
正直、逃げたい、逃げたいけれど九州だったら泊まるところが確保できない。
こういうことを考え、打てる手を打ち、イムズホールへ向かう。

 それはさておき、この劇団、「春シーズン」は新戦力の確認や、新しい試みを試し、
畑を耕す、種を蒔いて、水をやり、手を掛けて、「秋シーズン」で少し大きいハコか、
少し長い期間公演を打ち、福岡以外の場所で腕試しをするローテーションを
ここ最近行ってきたが、今年は「星降る夜になったら」の再演をキャナルシティ劇場でやる
という「チャレンジ」を春シーズンで行い、そうなるとぽんプラザホールでのロングランではなく、
イムズホールで秋シーズンの公演を打っている。

 色んな変化を感じつつ、ドアをくぐり、表演空間の中に入ると、驚いた!!
三面客席囲みからして、まるでドリカムワンダーランドやらSEKAI NO OWARIの
大規模ライブ会場を、へたすると東京ディズニーリゾートがまとっている空気感を
狭いところに圧縮した、としかいいようのない「異質な」空間に放り込まれた感じがする。

 もっというと、天井には白い「魔法の木」が吊ってあって、
「天井」と「井戸」、「天界」と「地界」、「天国」と「地獄」、更には「楽園」と「煉獄」が
展開されていることがじわじわとわかる空間のつくり。

 この空気を抱えて本編に入ると、さらに驚いた。
「ありえへん」ところから人はやってくるわ、人の記憶をどうのこうの・・・とは言うが、
本当のテーマは「完璧な存在」なんてものは「あの世」にも、「この世」にも
どこにもいないんだぜ、というかありとあらゆる存在は多かれ少なかれ「障害」と
いうものを抱えて、持たされて(持って、という表現が正しいのか?)、
生まれて、生きて、死ぬだけなのよ、という事を痛感させられてしまうではないか。

 板の上で生きているキャラクターだってそうだ、
キーになる役の女性は「高機能脳障害」で20数年間記憶が剥落している。
この女性を軸にして、「軽い発達障害」や「重い発達障害」、「自閉症」、
「発達障害と自閉症」の合併、「知的障害と自閉症」の合併、「知的障害」は
でてこないけれど、「学習障害」というように「障害特性」という「キャラクター」が
板の上で炸裂している。

 これらのキャラクターが「過去」のわたしたちと「現在」とされているわたしたちという
「パラレルワールド」を行きつ戻りつしながら、誰しもが脳みその大半に持っているが
いつもはあまり意識しない「記憶の森」というものをはっきりと具現化してしまった。

 この具現化された「記憶の森」の中でガラパ特有のラグビーのフィジカルコンタクトを
取り入れたフェイズを多く作ってみせるコメディの要素はそのままに、コンテンポラリー演劇の
要素を新しく放り込まれると、わたしが今まで通ってきた道筋を追体験して、
前作の「月ろけっと」のように、またも「笑いながら、恐れおののいている」わたしがいた。

劇団 短距離男道ミサイル「走れタカシ~僕が福島まで走った理由〜」

抱えていない人なんて、誰も居ない。

 去年の「枝光まちなか文化祭」、いろんなことがあって、顔は出していないぞ、おいおいと
まずは最初に言ってみる。

 それなのに、ちょんさんが過不足なく「いまのわたし」を紹介したことが
不思議に納得した、というか、なんというか。
「いままでのわたし」だったらなんか、色々余計なことを言って、えらいことになっていたよな。

  まあ、東北からすごいものが来る、という話は聞いた。
一番最初は熊本健軍の花習舎でみようか、と思ったが、ガラパの秋シリーズと
重なって、日程調整が難しい、と考えていたところに枝光、終わって広島に
行く用事も十分に果たせる。

 そんなことを考え、処理しながら表演空間を見て驚いた。
凄くコンパクトな「走れメロス」じゃないか。
そして赤い何かで隠されていたものは・・・ルームランナーだった!

 ルームランナーで走る前に枝光の八幡様から商店街を抜けて、
アイアンシアターにたどり着くまでひと走り、それをフェイス・ブックライブで
生中継、という「つかみ」をした先に見せたものは「走れメロス」という
古典を「リアル」と「フィクション」の間を進み行く「新しい物語」として再編成したものだった。

 「友を売れば自らが助かる」と「友を助ければ自らが危ない」の
究極の二者択一、それでも自らの何かを「貫くため」にただ走る。
鉄砲水で道が壊れても、山賊に襲われても、身体が疲弊していても、
友との約束、そして自らの誇りと譲れないものを守るために走る。

 この「走る」が3.11で福島の今まで住んでいた所を無理やり追い出されても、
社会というものから「望まれている人材」になることができていなかったり、
多かれ少なかれ、「生き辛さ」という苛立ちを抱えて生きている。

 反面、そういうところから離れている「楽ばかりしているひと」もいるけれど。

 けれども、演劇が「生き辛さ」という苛立ちを抱えて生きている人の
「拠り所」になっているし、その他、たくさんの拠り所という「生きる道」が
あって、助けたり、助けられて生きているのかもしれない。

劇団こふく劇場、劇団HIT!STAGE合同公演 「境目」

えげつないけれど、何か愛おしい。

  数日前から世間は台風だ、台風だ、と騒がしい。

その騒がさを感じて、先週の枝光からその日のうちに帰りつけなかったことを

じわじわ思い出し、おんなじことのリピートは正直、まずいよね、と考えたら

某ラジオ局から忘れた頃にアナウンサー朗読会の入場メールが。


 こうなると、金曜日に期日前投票に出かけ、土曜日は朗読会の時間次第で

土曜日の夜を見るか、泊まって日曜日か、それは朗読会に行って決めよう。

という方針だけ決めて、朗読会に行き、いい塩梅でバスに乗って佐世保に向かう。


 ご挨拶したり、雑談したりしてドアが開いたから大ホールの舞台上に

作り上げられた表演空間を見て驚いた、そしていつもとは違う順序で

客席に送り込まれるとそれだけで「不思議な世界に投げ出された」感が強くなり、

少し心配、不安になるが、客入れ音の心地よいピアノ、柔らかい光が

心配や不安によってささくれ立つ心をなんとなくほぐしてくれる。


 開演直前の無遠慮な方(これが市役所の文化関係の役人だったら正直、許せない)に

ほぐされた心を少し乱されるともう本編だ。


 お話の流れとしては、2016年の2月に長崎県佐世保市と宮崎県都城市で同時に起きた

「別れのご挨拶」から始まり、このふたつの「別れ」がいつもだったら露骨に

「可視化」できるはずもない「境目」をくっきりはっきり「可視化」させてしまう、そんなところか。


 こうして、「可視化」されてしまった「境界線」を演者それぞれの「背中」

(だからああいう座席案内になったのか!)から眺めてみると、

2016年の4月16日、(あるいは4月15日)に熊本で起こった大地震を真ん中に

「挟んで」存在するそれぞれの「人生」をうっかり見てしまう。


 さらにはリアルにわたしの「人生」の内外でも起きた出来事を板の上と重ねて、

その正確さに体の中が揺れて、震えている、ちょうど2016年の1月辺りから

今まで続いているわたしの中での「小さな地震」のように。


 板の上では「飛び出す人」と「留まる人」、「逃げる人」と「追う人」の境界線が

複数人であるときは鮮明に、あるときは薄ぼんやりと。

けれども自分の場合は「飛び出そう、飛び出したい」という思いと

「留まりたい、留まろう」という思い、「逃げ出したい」と「逃げ出したくない」という思いが

わたしのひとつしかない心と体にパンパンに詰まって、どうしようもできなかった。


 どうしようも出来ないと、飛び出すにせよ、逃げ出すにせよ、人は無理をする。

無理をする中で人のつながりに気がついたり、繋がりから生まれる縁に助けられたりして

また新しい人生を作っていく、これでいいのだ。


 濱砂さんの立ち居振る舞いに、
 「ああ、男の人って、幾つも愛を持っているのね、ああ、あちこちに薔薇まいてわたしを悩ませるわ」

という歌詞を久しぶりに思い出しちまったわい。


ドブ恋九州vol.2

「エンターテイメント」ではなく、「演劇」に針が振れているエロ

 春のvol.1、演者を変えた2バージョンまとめてみようか、一方にくどーさん出てるし。
けれども、現実はすべての変わり目で行くこと叶わず。

 そういうわけで、秋もやるよ、とばばあきこさんに言われると、
速攻日程を組み立て、予約をしたら、もう10月だよ。

 この演目、話を聞いてみると、エンターテイメント性に針が振れた
「男女の仲」という一皮剥いてみるとエロの方向に行きそうなお話。

 まあ、自分、こういうたぐいのお話、嫌いじゃない、むしろ大好物。

 というわけで、なんだかんだ用事をしつつ、ハコに行き、
中に入るとキュウキュウ詰めの客席に驚き、座った時点で
「わたしをどう安定させるか」ということしか考えられず、
開演前、メモ紙に色んな感情を書き出して「毒出し」を
することができない。

 いつもとは違う密着感、いつもとは違う空間の使い方に
戸惑っていると、最初の演目から「走って」いるよ。
風俗の最初、お口で抜いたあと、(以下略。

 その後のオープニング、圧がすごい、すごすぎる。
もうそれしか言えない、あとは11話の山あり谷ありの
恋愛が板の上に繰り広げられている。

 うれしくて、たのしい「はじまり」が何か「悲しい始まり」になったり、
ある世代から上の人にはおなじみのダイヤモンド映像、
黒木香の「SMっぽいの好き」でやってるあの有名な場面を
より美味しくしたり、女同士の壮絶な「言葉の決闘」、
男子同性愛から発達障害がやや入っている夫と支え疲れた
妻の別れ際、二股やら、思いのズレとか、心中まで行き着いたら、
突然明るくなって、もう終わりかよ。

 そんなことを思ったら、まとめのまとめで、「演劇現場」の恋愛を2題ぶっこんできたよ。
裏方同士の恋愛と、書き手と役者のすれ違い。
というか、最後の演目でばばさんがマックノートで「書いていた」ことが
実は今まで板の上でやっていたことじゃないのか?
そんなことを想起させるくらいの収拾具合。

 ほぼ120分、と聞いていたが、時間の長さを感じさせない密度の濃さ。

制作の仕事もやり、陰に日向にフル稼働して、マックノートで戯曲も書いた
 ばばあきこさんに広島にいたおちよしえさんを見たのは内緒。

飛ぶ劇場 「生態系カズクン」

すべての命が尊いのは、綺麗事ではなく真実である。

 そう言えば、わたしが演劇を始めてすぐ、サッカーやら野球やら、WWEやら、
ついでに中国語放送や競輪中継を見るために引いたスカパー、そのチャンネルの
ひとつである「シアターチャンネル」が「飛ぶ劇場特集」という形でこの演目の
舞台映像を流していた。

 あの頃は、「お世話になった人がぎょうさん出ているな」という感じで
更にいうと、途中から見たので話の流れが追えず、すぐにチャンネルを変えてしまった。

 それから時は流れ、飛ぶ劇場は30周年の節目。
そのプロジェクトたるRed Room Radioの枝光公演は諸事情あって(以下略。
ようやらやっと「生態系カズクン」を生で見ることができた。

 西鉄電車に乗って、久留米で降りて、シティプラザまで散歩して、その先の本屋に行って、
「舞妓さんちのまかないさん」の第2巻を探すが見つからず、開場までに時間があるんで
また西鉄の久留米駅まで戻って上の本屋に行くと・・・見つかった!!

 少しうれしい気分で表演空間に入ると、客席三面囲みのオクタゴン(八角形)スタイルに
驚きながら、客入れ音のミンミン蝉時雨に今年の過ぎ去りし、夏の思い出に浸ってみる。

 こうして日常の喧騒と我を忘れていたらエスニックなオーバーチュアーがかかり、
これまたエスニックなCAT'sが始まりそうな勢いで冒頭部分、びっくりしていたところに
喪服姿の人間がぞろぞろやってきて、その後を担架担ぐように棺桶を担ぎ、
畳の床に置いて・・・と来たら、なんていうかこの一連のムーブ「だけ」で世界、というか
フィールドはこういうところで、"Play"のルールはこれです、と気が付かないうちに
見手に提示されている。

 世界、というかフィールドは「お弔い」、その中での"Play"のルールは「人間」と「動物」の
「境界線」をうっすらながら、明確に引く、このルールの中で「人間」を演じる演者は
「役」というそれぞれに与えられた「立場」と「役割」を生きている。
うっすらとしかわからないが「動物」もしかり。

 フィールドとルールがものすごくしっかりしているので、それらの裏にある
「移民」や「棄民」の問題、「ユタ(シャーマン)」と「近親相姦」の相関性、
薄っすらと見えるシャーマニズム、逆「安芸の宮島」状態(火葬場と散骨場しかない場所)という
通常の世界だったら忌み嫌われそうな存在が普通の顔をして、そこにいる。

 けれども、誰もがギリギリのところで「人間」や「動物」の尊厳を守っているし、
「尊厳」があるから誰も差別することなく、深いところで悪口も言わず、
自己卑下もほとんどしていない。
というか、端々には差別や尊厳の侵害、自己卑下もあるが、そういう「突破」を
しようとすると、絶妙のコンビネーションで誰かが止める。

 絶妙に止めるから、「ああ、差別や尊厳の侵害、自己卑下」は生きてく上でよくないこと、
あんまりやってほしくないんだよね、という泊さんのメッセージがじわじわ伝わる。
そして、すべてが終わったあと、こう感じてしまう。

 「世の中、色んな人がいるねん、生きている、死んでいるもおんなじように混ざってる」
だから、それぞれの人生邪魔するんじゃねーぞ。

 この基本精神を貫き続けていたから飛ぶ劇は飛ぶ劇足り得た。
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